ヘンゼルとグレーテル
015ヘンゼルとグレーテル
HANSEL UND GRETEL
現代語訳:Relax Stories TV
第一章
大きな森のすぐ近くに、木こりが、おかみさんと子供たちと一緒に住んでいました。二人の子供のうち、男の子がヘンゼル、女の子がグレーテルといいました。貧しく暮らして、ろくに食べ物を、これまでも食べずに来たのですが、ある年、国中が大飢饉で、それこそ、日々のパンが口に入らなくなりました。木こりは、夜、寝床に入ったものの、この後、どうして暮らすか考えると、心配で心配で、ごろごろ寝返りばかりして、ため息混じりに、奥さんに話しかけました。
「おれたちはどうなるのかな?自分たちの分ももう何もないのにどうやって可哀想な子供たちに食べさそうか?」と言いました。
「あんた、こうしたらどう?」とおかみさんは答えました。「明日の朝早く子供たちを森の木の一番茂っているところへ連れていくの。そこで子供たちに焚き火をしてあげて、一人ずつもう一つパンをあげるでしょ。それから私たちは仕事に行って子供たちをおいておくの。あの子たちは家へ帰る道がわからないだろうから、縁を切れるわよ。」
「まさか、おまえ、そんなことしないよ。子供たちを森においてくるなんて我慢ならない。よくそんな考えになれるものだな。そんなことしたら、すぐと森の獣が出てきて、ずたずたに引っ掻いてしまうに決まってるな。」
「やれやれ、あなた、馬鹿だよ。」と、奥さんは言いました。「そんなことを言っていたら、私たち4人とも飢えて死んでしまうよ。後は棺桶の板を削ってもらうだけが、仕事になるよ。」
こう奥さんは言って、それからも、延べつ幕舌てて、いやおうなしに、主人を、うんと言わせてしまいました。
「どうもやはり、子供たちが、可哀想だなあ。」と、主人はまだ言っていました。
二人の子供たちも、お腹が空いて、よく寝付けませんでしたから、まま母が、父に向かって言っていることを、そっくり聞いていました。妹のグレーテルは、涙を流して、しくしくやりながら、兄さんのヘンゼルに向かって、
「まあどうしましょう、私たち、もうダメね。」と、言いました。
「しッ、黙ってグレーテル。心配しないで、すぐになんとかする方法を見つけるよ。」とヘンゼルは言いました。
「そうして妹をなだめた後、やがて、親たちが寝静まると、ヘンゼルはそっと起き出して、上着をかぶりました。そして、表の戸の下だけ開けて、こっそり外へ出ました。ちょうどお月様が、昼のように明るく照っていて、家の前に敷いてある白い小砂利が、それこそ銀貨のように、きらきらしていました。
ヘンゼルは、かがんで、その砂利を、上着の隠しポケットいっぱい、詰めるだけ詰めました。それから、そっとまた戻って行って、グレーテルに、
「大丈夫だから安心して、ゆっくりおやすみ。神様が見守ってくださるよ。」と言い聞かせて、自分もまた床にもぐり込みました。
夜が明けると、まだお日様が昇らないうちから、もう早速、お母さんは起きて来て、二人を起こしました。
「さあ、起きなさい、怠け者たちよ。起きて森へ行って、薪を拾ってくるのだよ。」
こう言って、お母さんは、子供たち一人一人に、一切れずつパンを渡して、
「さあ、これが昼食だよ。昼にならないうち、食べてしまうのではないぞ。もう後は何ももらえないからね。」と言いました。
グレーテルは、パンを二つともそっくり前掛けの下にしまいました。ヘンゼルは、隠しポケットにいっぱい小石を入れていましたからね。
その後で、親子四人そろって森へ出かけました。しばらく行くと、ヘンゼルがふと立ち止まって、首を伸ばして、家の方を振り返りました。しかも、そんなことを何度も何度もやりました。お父さんがそこで言いました。
「おい、ヘンゼル、何をそんなに立ち止まって見ているんだ。うっかりしないで、足元に気をつけろよ。」
「何だって、お父さん。」と、ヘンゼルは言いました。「僕の見ているのはね、あれさ。ほら、あそこの屋根の上に、僕の白猫が上がっていて、さよならしているから。」
すると、お母さんが、
「馬鹿、あれがお前の小猫なもんか、あれは、煙突に日が当たっているんじゃないか。」と言いました。でも、ヘンゼルは小猫なんか見ているのではありません。本当はその間に、例の白い小砂利をせっせと隠しポケットから出しては、道に落としていたのです。」
森の真ん中あたりまで来たとき、お父さんは言いました。
「さあ、子供たち、薪を拾ってきて。みんな、寒いと困るから。お父さん、焚き火をしてあげるよ。」
ヘンゼルとグレーテルは、枝を運んできて、そこに山のように積み上げました。枝の山に火がついて、ぱっと高く、炎が燃え上がると、お母さんが言いました。
「さあ、子供たち、二人は焚き火のそばで温まって、私たちが森で木を切っている間、大人しく待っているんだよ。仕事が終われば、戻ってきて、一緒に連れて帰るからね。」
ヘンゼルとグレーテルは、そこで、焚き火に当たっていました。昼になると、それぞれに与えられた、パンの小さな欠片を出して食べました。その間も、ずっと木を切る斧の音がしていましたから、お父さんは、すぐ近くで仕事をしていると思っていました。でも、それは斧の音ではなくて、お父さんが一本の枯れ木に、枝を挟み付けておいたのが、風で揺すられて、あっちへぶつかり、こっちへぶつかりしていたのです。こんな風にして、二人は、ずっと大人しく座って待っているうち、つい疲れて、両方の目がとろんとしてきて、そのままぐっすり、寝てしまいました。それで、やっと目が覚めてみると、もうすっかり暮れて、夜になっていました。グレーテルは泣き出してしまいました。
「まあ、私たち、どうしたら森の外へ出られるでしょう。」と、グレーテルは言いました。
ヘンゼルは、でもグレーテルをなだめて、
「何だ、しばらく待って。お月様が出てくるからね。そうすればすぐに道が見つかるよ。」と言いました。
やがて、まんまるなお月様が、高く昇りました。そこで、ヘンゼルは小さい妹の手を引いて、小砂利を落とした後を、辿り辿り行きました。小砂利は、吹き上がってきたばかりの銀貨みたいに、ぴかぴか光って、道しるべしてくれました。一晩中歩き続けて、もう夜が明けて、二人はやっとお父さんの家に帰ってきました。二人が表をこつこつと叩くと、お母さんが戸を開けて出てきました。そして、ヘンゼルとグレーテルの立っているのを見ると、
「このろくでなしめ、いつまで森の中で寝ていたんだい。あなたたち、もう家に帰るのが嫌になったんだと思っていたよ。」と言いました。
お父さんのほうは、でも、ああして子供たち二人を置き去りにしてきたものの、心配で心配でならなかったところでしたから、よく帰ってきたと言って喜びました。
その後すぐ、家中がまた閉塞感に包まれました。子供たちが聞いていると、夜遅く、寝ながらお母さんが、お父さんに向かって、
「さあ、いよいよ何もかも食べ尽くしてしまったわ。天にも地にもパンが半切れ、それも食べてしまえば、歌も終わりさ。こうなりゃどうしたって、子供らを追い出す他はないわ。今度は森のもっと奥まで連れ込んで、もう、とても帰り道の分からないようにしなきゃだめさ。どうしたって、他に私たち助かりようがないからね。」
こんなことを言われて、主人は胸にぐっと来ました。そして、
「そんなくらいならいっそ、自分の最後に残った自分のパンの一切れを、子供たちに分けてやっちまうほうがましだ。」
と、考えました。それでも、お母さんは、主人の言うことを、まるで耳に入れようともしません。ただもう怒り立って、あくぞもくぞ並べ立てました。それは誰だって、一度Aと言ってしまえば、後はBと続けなければならなくなるので、この主人も、一度お母さんの言うままになったからは、今度も、その通りにしなければならなくなりました。
ところで、子供たちはまだ目が開いていて、この話を残らず聞いていました。そこで、大人たちが寝てしまうのを待ちかねて、ヘンゼルは起き上がると、外へ飛び出して、この前のように石を拾いに行こうとしました。でも、今度は、お母さんが戸にしっかり錠を下ろしてしまったので、ヘンゼルは出ることができなくなりました。
ヘンゼルはそれでも、小さい妹をなだめて、
「グレーテル、泣かないで。ね、安心してお休み。神様がきっとよくしてくださるから。」
と言い聞かせました。
次の日は、朝早くからもう、お母さんはやって来て、子供たちを寝床から連れ出しました。子供たちは、それぞれパンの欠片を一つずつもらいましたが、それは扇よりもずっと小さいものでした。それをヘンゼルは、森へ行く道、ポケットの中でぼろぼろに崩しました。そして、時々立ち止まっては、その崩したパンくずを、地面に落としました。
「おい、ヘンゼル、何だって立ち止まって、きょろきょろ見ているんだな。」と、お父さんが言いました。「さっさと歩かないか。」
「僕、僕の小鳩を、ちゃんと見ているんだよ。ほら、屋根の上に止まって、僕にさよならしているんじゃないか。」と、ヘンゼルは言いました。
「馬鹿。」と、お母さんはまた言いました。「あれが何だと思うのか。あれは朝日が、煙突の上できらきらしているんだよ。」
ヘンゼルは、それでも構わず、パンくずを道の上に落とし落としして、残らずなくしてしまいました。
お母さんは、子供たちを、森のもっともっと深く、生まれてまだ来たことのなかった奥まで、引っ張って行きました。そこで、今度も、またじゃんじゃん焚き火をしました。
そしてお母さんは、
「さあ、子供たち、二人ともそこにじっといればいいのだよ。疲れたら少し寝ても構わないよ。私たちは、森で木を切って来て、夕方、仕事が終わりになれば、戻って来て、一緒に家に連れて帰るからね。」と言いました。
昼になると、グレーテルが、自分のパンを、ヘンゼルと二人で分けて食べました。ヘンゼルのパンは道に撒いて来てしまいましたものね。
パンを食べてしまうと、二人は眠りました。そのうちに晩も過ぎましたが、可哀想な子供たちのところへ、誰も来るものはありません。二人がやっと目を開けたときには、もう真っ暗な夜になっていました。ヘンゼルは小さい妹をいたわりながら、
「グレーテル、まあ待っておいでよ。お月さまが出るまでね。お月さまが出れば、ばらまいておいたパンくずも見えるし、それを探して行けば、家へ帰れるんだよ。」と言いました。
お月さまが上がったので、二人は出かけました。けれど、パンくずは、もうどこにも見当たりません。それは、森や野を飛び回っている、何千ともしれない鳥たちが、みんなつついて持って行ってしまったのです。それでも、ヘンゼルはグレーテルに、
「何だかそのうち、道が見つかるよ。」
と言っていましたが、やはり、見つかりませんでした。夜中じゅう歩き通して、次の日も朝から晩まで歩きました。それでも、森の外に出ることができませんでした。それに何しろ、お腹が空いてたまりませんでした。地面に出ていた、野いちごの実を、ほんの二つ三つ口にしただけでしたものね。それで、もう疲れ切って、どうにも足が進まなくなったので、一本の木の下にごろりとなると、そのままぐっすり寝こんでしまいました。
第二章
現代語に修正し、「町」を「街」に変更し、会話に沿って改行した文章は以下の通りです。
こんなことで、二人はお父さんの小屋を出てから、もう三日目の朝になりました。二人は、また、とぼとぼ歩き出しました。けれど、行くほど森は、深くなってきて、誰か助けに来てくれなかったら、二人はこれ以上弱り切って、倒れるほかないところでした。
すると、ちょうどお昼ごろでした。雪のように白いきれいな鳥が、一本の木の枝に止まって、とてもいい声で歌っていました。あまりいい声なので、二人はつい立ち止まって、うっとり聞いていました。そのうち、歌をやめて小鳥は羽ばたきをすると、二人の行く方へ、飛び立って行きました。二人もその鳥の行く方へついて行きました。すると、可愛い小屋の前に出ました。その小屋の屋根に、小鳥は止まりました。二人が小屋のすぐそばまで行ってみると、まあこの可愛い小屋は、パンでできていて、屋根はお菓子で覆ってありました。おまけに、窓はぴかぴかするお砂糖でした。
「さあ、僕たち、あそこに向かって行こう。」と、ヘンゼルが言いました。「けっこうなお昼だ。構わない、たっぷりご馳走になろうよ。僕は、屋根を一かけらかじるよ。グレーテル、あなたは窓のを食べるといいよ。あれは、甘いよ。」
ヘンゼルはうんと高く手を伸ばして、屋根を少し噛んで、どんな味がするか、試してみました。すると、グレーテルは、窓ガラスに体をつけて、ぼりぼり噛みかけました。そのとき、お部屋の中から、きれいな声で叱りました。
「もりもり がりがり かじるぞ かじるぞ。
私の小屋を かじるな 誰だぞ。」
子供たちは、そのとき、
「風 風
空の 子。」
と、答えました。そして、平気で食べていました。ヘンゼルは屋根が、とてもおいしかったので、大きなやつを、一枚、そっくり剥いで持って来ました。グレーテルは、丸い窓ガラスを、そっくり外して、その前に座り込んで、ゆっくり食べ始めました。そのとき、ふいと戸が開いて、化け物のように年とったおばあさんが、杖にすがって、よちよち出て来ました。ヘンゼルもグレーテルも、これにはしっかり驚いたものですから、せっかく両手に抱えたものを、ぽろりと落としました。おばあさんは、でも、頭を振り振り、こう言いました。
「やれやれ、可愛い子供たちよ、誰に連れられてここまで来たのか。さあさあ、入って、ゆっくりお休み、何もされることはないから。」
こう言って、おばあさんは二人の手をつかまえて、小屋の中に連れ込みました。
中に入ると、牛乳だの、お砂糖のかかった、焼きまんじゅうだの、りんごだの、くるみだの、おいしそうなご馳走が、テーブルに並んでいました。ご馳走の後では、可愛いきれいなベッド二つに、白い布がかかっていました。ヘンゼルとグレーテルは、その中に寝転んで、天国にでも来ているような気がしていました。
このおばあさんは、ほんの表面だけ、こんなに親切らしくして見せましたが、本当は、悪い魔女で、子供たちの来るのを知って、パンの家なんか作って、だましておびき寄せたのです。ですから、子供が一人、手の中に入ったが最後、さっそく殺して、煮て食べて、それが魔女の何より嬉しいお祝い日になるというわけでした。魔女は、赤い目をしていて、遠目の利かないものなのですが、その代わり、獣のように嗅覚で、人間が近づいてきたのを、すぐに嗅ぎつけます。それで、ヘンゼルとグレーテルが近くへやってくると、魔女はさっそく、悪い笑い方をして、
「よし、つかまえたぞ、もう逃げようったって、逃がすものかい。」
と、さも悪そうに言いました。
その次の朝もう早く、子供たちがまだ目を覚まさないうちから、魔女は起き出して来て、二人ともそれはもう、真っ赤に膨れたほっぺたをして、すやすやと、いかにも可愛らしい姿で休んでいるところへ来て、
「こいつら、とんだご馳走さね。」
と、つぶやきました。
そこで、魔女は、やせた手でヘンゼルをつかむと、そのまま小さな犬小屋へ運んで行って、ぴっしゃり格子戸を閉めてしまいました。ですからヘンゼルが、中でいくら叫びたいだけ叫んでみせても、何の役にも立ちません。それから、魔女は、またグレーテルの所へ出かけて、無理に揺すり起こしました。そうして、
「この怠け者、さあ起きて、水を汲んで来て、兄さんに、何でもおいしそうなものを、作ってやるんだ。外の犬小屋に入れてあるからの、せいぜい太らせなきゃ。大分、脂肪ののったところで、おばあさんが食べるのだからな。」
と、叫びました。
こう聞いて、グレーテルは、わあっと、激しく泣き出しました。けれど何をしたって無駄でした。この悪い魔女の言いなりにならなければ、どんなことでも、グレーテルはしなければなりませんでした。
こんな具合で、気の毒に、食べられるヘンゼルには、一番上等なお料理がつきました。その代わり、グレーテルには、ザリガニの殻が、渡されただけでした。
毎朝毎朝、魔女は犬小屋へ出かけて行って、
「どうだな、ヘンゼル、指を出して見せて。そろそろ脂が乗って来たかどうだか、見てやるから。」
と、叫びました。
すると、ヘンゼルは食べ残しの細っこい骨を、一本代わりに出しました。ところで、魔女は白内障が進んでいるものですから、見分けがつかず、それをヘンゼルの指だと思って、どうしてヘンゼルに脂が乗ってこないか、不思議でなりませんでした。
さて、それから、およそ一ヶ月経ちましたが、相変わらずヘンゼルは、やせ細ったままでした。それで、魔女も、とうとう我慢がきれて、もうこれ以上待ちきれないと思いました。
「やいやい、グレーテル。」と、魔女は妹の子に向かって叫び立てました。「さあ、さっさと行って、水を汲んでくるのだ。ヘンゼルの小僧め、もう太っていようが、やせていようが、何が何だって、明日こそ、あいつ、屠って、煮て食べちまうんだからな。」
やれやれ、どうしましょう。可哀想に、この妹の子は、無理やり水を汲まされながら、どんなに激しく泣きじゃくったことでしょう。
「神さま、どうぞお助けくださいまし。」この子は叫び声をあげました。「いっそ森の中で、もう獣に食われた方がよかったわ。それだと、逆に二人一緒に死ねたのだもの。」
「やかましいぞ、このガキ。」と、魔女は言いました。「泣いたって叫んだって、何にもなりゃしないぞ。」
次の日は、朝早くから、グレーテルは外へ出て、水をいっぱい入れた大鍋を吊るして、火をもしつけなければなりませんでした。
「パンから先に焼くんだ。」と、魔女は言いました。「パン焼き窯はもう火が入っているし、粉もこねてあるしの。」
こう言って、おばあさんは、かわいそうなグレーテルを、パン焼き窯の方へ、ひどく突き飛ばしました。
窯からは、もうちょろちょろ、炎が赤い舌を出していました。
「中へ、入ってみなさい。」と、魔女は言いました。「火がよく回っているか見るのよ。よければそろそろパンを入れるからね。」
これで、もし、グレーテルが中に入れば、おばあさんは、すぐに窯の蓋を閉めてしまうつもりでした。それもついでにしっかりやってしまうつもりだったのです。でも、グレーテルは、一足早く、おばあさんの企みを見抜きました。そこで、
「私、わからないわ、どうしたらいいのかしら。中へ入るって、どういうふうにするの。」と言いました。
「ばか、このくそがき。」と、おばあさんは言いました。
「口はこんなに大きいじゃないか、目を開いてよく見なさい。この通り、おばあさんだってそっくり入れるわ。」
こう言いながら、よたよた歩いて来て、パン焼き窯の中に、首を突っ込みました。ここぞと、グレーテルは一突き、後ろからどんと突きました。勢いで、おばあさんは、窯の中へ転げ込みました。すぐ、鉄の戸をぴしんと閉めて、かんぬきをかけてしまいました。
うおっ、うおっ、
おばあさんはとてもすごい声で吠え立てました。グレーテルは構わず逃げ出しました。こうして、罰が当たった魔女は、哀れな姿に焼けただれて死にました。
グレーテルは、まっしぐらに、ヘンゼルのいる所へ駆け出しました。そして、犬小屋の戸を開けるなり、
「ねえヘンゼル、私たち助かったよ。魔女のおばあさん死んじゃったよ。」と、叫びました。
戸が開くと、途端に、ヘンゼルが、鳥が籠から飛び出したように、ぱっと飛び出して来ました。
まあ二人は、そのときどんなに喜んで、首に抱きついてぐるぐる回って、そして頬ずりしあったことでしょうか。こうなれば、もう何にも怖がることはなくなりましたから、二人は魔女の家の中に、ずんずん入って行きました。家中、隅から隅まで、真珠や宝石の詰まった箱だらけでした。
「これなら、小石よりずっとましだよ。」と、ヘンゼルは言って、懐の中に入れられるだけ、詰め込みました。すると、グレーテルも、
「私も、家へお土産に持って帰るわ。」と言って、前掛けにいっぱいにしました。
「さあ、ここらでそろそろ出かけようよ。」と、ヘンゼルは言いました。「何しろ、魔女の森から抜け出さなくては。」
それで、二、三時間歩いて行くうちに、大きな川の所へ出ました。
「これじゃあ渡れやしない。」と、ヘンゼルは言いました。「橋も、いかだも、まるで渡るものがないよ。」
「ここには、渡し舟も行かないんだわ。」と、グレーテルが言いました。
「でもあそこに、白い鴨が一羽泳いでいるわね。きっと頼んだら渡してくれてよ。」
そこで、グレーテルは声をあげて呼びました。
「鴨ちゃん 鴨ちゃん 小鴨ちゃん、
グレーテルとヘンゼルが 来たけれど、
橋もなければ いかだもない、
あなたの白い 背中に 乗せて渡して くださいな。」
鴨は、さっそく来てくれました。それで、ヘンゼルがまず乗って、小さい妹に、一緒に乗ると言いました。
「いいえ。」と、グレーテルは答えました。「そんなに乗っては、鴨ちゃん、とても重いでしょう。別々に連れてってもらいますわ。」
その通り、この親切な鳥はしてくれました。それで、二人無事に向こう岸に渡りました。それから、少しまた歩くうち、だんだん森が、おなじみの景色になって来ました。そしてとうとう、遠くの方に、お父さんの小屋を見つけました。さあ、二人は一目散に駆け出しました。ぽんと部屋の中に飛び込んで、お父さんの首に飛びつきました。
この木こりの男は、子供たちを森の中に置き去りにして来てからというもの、一瞬でも、笑える時がなかったのです。ところで、お母さんも死んでしまっていました。
グレーテルは、前掛けを振りました。すると、真珠と宝石が、部屋中転がり出しました。今度は、ヘンゼルが、懐に片手を突っ込んで、何度も何度もつかみ出しては、そこにばらまきました。
これで、心配や苦労はきれいに吹き飛んでしまいました。親子三人それこそ喜びずくめで、一緒に仲良く、暮らしました。
私の話もこれで市が賑やかになりました。ほら、あそこに、小ねずみがちょろちょろ走っていますね。誰でも捕まえた人は、あれで、大きな毛皮の頭巾を、ご自分で作ってごらんなさい。
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