手紙 一.二.四:宮沢賢治
手紙 一.二.四:宮沢賢治
現代語訳:Relax Stories TV
手紙、一
昔、ある場所に一匹の竜が住んでいました。
その竜は力が非常に強く、形も大変恐ろしく、さらに強烈な毒を持っていました。そのため、どんな生き物でもこの竜に遭遇すれば、弱いものはただ見ただけで気を失って倒れ、強いものでもその毒気に当たってすぐに死んでしまうほどでした。
しかし、ある時、この竜は良い心を起こし、「これからはもう悪いことをしない、すべてのものを悩ますことはしない」と誓いました。
そして、静かな場所を求めて森の中に入り、じっと道理を考えていましたが、とうとう疲れて眠りました。
全体的に、竜というものは眠る間は形が蛇のようになるのです。
この竜も眠って蛇の形になり、体には美しい瑠璃色や金色の紋が現れていました。
そこへ猟師たちが来て、この蛇を見て驚くほど喜び、「こんな美しい珍しい皮を、王様に差し上げて飾りにしてもらったらどんなに立派だろう」と言いました。
そこで杖でその頭をぐっと押さえ、刀でその皮を剥ぎ始めました。
竜は目を覚まして考えました。「私の力はこの国さえも壊してしまえる。この猟師なんぞは何でもない。今、私が息を一つすれば毒に当たってすぐ死んでしまう。けれども私はさっき、もう悪いことをしないと誓ったし、この猟師を殺したところで本当に可哀想だ。もはやこの体は捨てて、我慢して我慢してやろう。」
すっかり覚悟が決まりましたので、目を閉じて痛みをじっと我慢し、またその人を毒に当てないように息をこらして一心に皮を剥がれながら、悔しいという心さえ起こしませんでした。
猟師はまもなく皮を剥いで行ってしまいました。
竜は今は皮のない赤い肉ばかりで地に横たわりました。
この時は日が炎炎と照って土は非常に熱く、竜は苦しさにばたばたしながら水のある場所へ行こうとしました。
この時、たくさんの小さな虫が、その体を食おうとして出てきましたので、竜はまた、「今、この体をたくさんの虫にやるのは真の道のためだ。今、肉をこの虫たちに与えておけば、やがては真の道をもこの虫たちに教えることができる」と考えて、黙って動かずに虫に体を食わせ、とうとう乾いて死んでしまいました。
死んでこの竜は天上に生まれ、後には世界で一番偉い人、お釈迦様になってみんなに一番の幸せを与えました。
この時の虫もみな先に竜の考えたように後にお釈迦様から教えを受けて真の道に入りました。
このようにしてお釈迦様が真のために身を捨てた場所は今は世界中のあらゆる場所を見渡しました。
この話はおとぎ話ではありません。
手紙、二
インドのガンジス川は、水が増えて激しく流れていました。
それを見ているたくさんの群衆の中に、尊いアショウカ大王も立っていました。
大王は家臣に向かって、「誰かこの大河の水を逆流させることのできる者がいるか」と問いました。
家臣たちは皆、「陛下、それはとてもできないことです」と答えました。
しかし、この川岸の群れの中に、ビンズマティーという一人の低い職業の女性がいました。大王の問いをみんなが口々に伝えているのを聞いて、「私は自分の肉体を売って生きている下賤な女です。しかし、今、私のような下賤な者でもできる、真実の力の、大きなことを王様にお目にかけましょう」と言いながら、心から川に祈りました。
すると、ああ、ガンジス川、幅が一里にも近い大きな水の流れは、みんなの目の前で、たちまち逆流しました。
大王はこの恐ろしく渦を巻き、激しく鳴る音を聞いて、驚いて家臣に言いました、「これ、これ、どうしたのだ。大ガンジスが逆流するではないか」
人々は次第に詳しく報告しました。
大王は非常に感動し、すぐにその女性のところに歩いて行って言いました。
「みんなはあなたがこれをしたと言っているが、それは本当か」
女性は答えました。
「はい、そうです、陛下」
「どうしてあなたのような下賤な者にこんな力があるのか、何の力によるのか」
「陛下、私がこの川を逆流させたのは、真実の力によるのです」
「でもあなたのように不義で、淫らで、罪深く、愚か者を生け贄にして生きている者に、どうして真実の力があるのか」
「陛下、全くおっしゃる通りです。私は畜生同然の身分ですが、私のような者にさえ真実の力はこのように大きく働きます」
「ではその真実の力とはどんなものか、私の前で話してみよ」
「陛下、私は私を買ってくださる方には、同じく仕えます。武士族の尊い方も、下賤な穢多も一様に尊重します。一人を優遇し一人を蔑みません。陛下、この真実の心が今日、ガンジス川を逆流させた理由です」
手紙 四
私はある人から指示されて、この手紙を印刷して皆さんにお渡しします。どなたか、ポーセが本当にどうなったか、知っている方はいませんか。チュンセが全くご飯も食べずに毎日考えてばかりいるのです。
ポーセはチュンセの小さな妹ですが、チュンセはいつも意地悪ばかりしました。ポーセがせっかく植えて、水をかけた小さな桃の木になめくじをたけておいたり、ポーセの靴に甲虫を飼って、二ヶ月もそれを隠しておいたりしました。ある日などはチュンセがくるみの木に登って青い実を落としていましたら、ポーセが小さな卵形の頭を濡れたハンカチで包んで、「兄さん、くるみちょうだい。」なんて言いながら大変喜んで出て来ましたのに、チュンセは、「そら、取ってごらん。」とまるで怒ったような声で言ってわざと頭に実を投げつけるようにして泣かせて帰しました。
ところがポーセは、十一月頃、突然病気になったのです。お母さんもひどく心配そうでした。チュンセが行って見ますと、ポーセの小さな唇はなんだか青くなって、目ばかり大きく開いて、いっぱいに涙をためていました。チュンセは声が出ないのを無理にこらえて言いました。「僕、何でもくれてやるよ。あの銅の歯車だって欲しいならやるよ。」けれどもポーセは黙って頭を振りました。息ばかりすうすう聞こえました。
チュンセは困ってしばらくもじもじしていましたが思い切ってもう一度言いました。「雨雪取って来てやろうか。」「うん。」ポーセがやっと答えました。チュンセはまるで鉄砲丸のように外に飛び出しました。外は薄暗くてみぞれがびちょびちょ降っていました。チュンセは松の木の枝から雨雪を両手にいっぱいとって来ました。それからポーセの枕元に行って皿にそれを置き、さじでポーセに食べさせました。ポーセは美味しそうに三さじばかり食べましたら急にぐったりとなって息をつかなくなりました。お母さんが驚いて泣いてポーセの名を呼びながら一生懸命揺すぶりましたけれども、ポーセの汗で湿った髪の頭はただ揺すぶられた通り動くだけでした。チュンセは眼鏡を目に当てて、虎の子供のような声で泣きました。
それから春になって、チュンセは学校も六年で卒業してしまいました。チュンセはもう働いているのです。春になると、くるみの木がみんな青い房のようなものを下げています。その下でしゃがんで、チュンセはキャベツの畑を作っていました。そしたら土の中から一匹の薄い緑色の小さな蛙がよろよろと這って出て来ました。
「蛙なんか、潰れちまえ。」チュンセは大きな稜石でいきなりそれを叩きました。
それから昼過ぎ、枯れ草の中でチュンセがゆっくりと休んでいましたら、いつの間にかチュンセはぼんやりと黄色い野原のようなところを歩いて行くように思いました。すると向こうにポーセがしもやけのある小さな手で目をこすりながら立っていてぼんやりとチュンセに言いました。
「兄さん、なぜ私の青いおべべを裂いたの。」チュンセはびっくりして飛び起きて一生懸命そこらを探したり考えたりしてみましたが何にもわからないのです。どなたかポーセを知っている方はいないでしょうか。けれども私にこの手紙を指示した人が言っていました、「チュンセはポーセを探すことは無駄だ。なぜならどんな子供でも、また、畑で働いている人でも、汽車の中でリンゴを食べている人でも、また歌う鳥や歌わない鳥、青や黒やのあらゆる魚、あらゆる獣も、あらゆる虫も、みんな、みんな、昔からのお互いの兄弟なのだから。チュンセがもしもポーセを本当に可愛そうに思うなら大きな勇気を出してすべての生き物の本当の幸福を探さなければいけない。それはナムサダルマプフンダリカサスートラというものである。チュンセがもし勇気のある本当の男の子ならなぜまっしぐらにそれに向かって進まないか。」それからこの人はまた言いました。「チュンセはいい子だ。さあ、あなたはチュンセやポーセやみんなのために、ポーセを探す手紙を出すがいい。」そこで私は今、これをあなたに送るのです。
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