ろくろ首:小泉八雲作
現代語訳:Relax Stories TV
今夜の怪奇小説は「ろくろ首」、小泉八雲作です。
ろくろ首は首が伸びるろくろ首と、首が飛ぶろくろ首がありますが、今夜の朗読では首が飛行するろくろ首です。ちなみに小泉八雲(本名:パトリック・ラフカディオ・ハーン)は、アイルランド系ギリシャ生まれの新聞記者、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、英文学者で、1896年に日本国籍を取得しました。
約五百年前、九州の菊池に、磯貝平太左衛門武連(たけつら)という侍がいました。彼は代々、武勇に優れた祖先からの遺伝で、生まれつき弓馬の道に精通し、非凡な力を持っていました。子供の頃から剣道、弓術、槍術では先生を上回り、大胆かつ熟練した勇士の腕前を十分に発揮していました。その後、永享年間(西暦1429年から1441年)の乱で武功を発揮し、何度も名誉を授かりました。しかし、菊池家が滅亡したとき、磯貝は主家を失いました。
他の大名に仕えることも容易にできたのですが、自分だけのために出世を求めることはせず、以前の主人への思いが残っていたため、彼は世を捨てることにしました。そして、剃髪して僧になり、囘龍(かいりょう)と名乗り、諸国行脚に出ました。
しかし、僧衣の下では、いつでも囘龍の武士の魂が生きていました。昔、危険を恐れなかったのと同じように、今もまた困難を顧みませんでした。それで、天候や季節を気にせず、他の僧侶たちが敬遠する場所へ、聖なる仏の道を説くために出かけました。その時代は乱暴で混乱した時代でした。それで、たとえ僧侶の身であっても、一人旅は安全ではありませんでした。
初めての長い旅の途中で、囘龍は甲斐の国を訪れました。ある夕方、その国の山間を旅していると、村から数里離れた、非常に寂しい場所で夜が来ました。そこで、星の下で夜を過ごす覚悟をし、道端の適当な草地を見つけて、そこに横になって眠ろうとしました。
彼はいつも喜んで不自由を耐えました。それで、何も得られないときには、裸の岩は彼にとって良い寝床になり、松の根は最高の枕になりました。彼の肉体は鉄のようでした。露、雨、霜、雪に悩まされることは決してありませんでした。
横になるや否や、斧と大きな薪の束を背負って道を歩いてくる人がいました。この木こりは横になっている囘龍を見て立ち止まり、しばらく眺めた後、驚きの調子で言いました。
「こんなところで一人で寝ている方は、一体どんな方なんでしょうか。この辺りには変化のものが出ますよ、たくさん出ます。あなた、魔物を恐れませんか?」
囘龍(かいりゅう)は元気よく答えました。「友よ、私はただの放浪僧だ。だから化け狐でも、化け狸でも、何の化け物でも恐れない。寂しい場所は、むしろ好きだ。そこは黙想するのに良い。私は大空の下で眠ることに慣れているし、私の命について心配しないように修行を積んできた。」
「こんな場所で休むあなたは、本当に大胆な方だ。ここは評判が良くない、とても良くない場所だ。『君子は危険な場所に近づかない』と言います。実際、こんな場所で休むことは非常に危険だ。私の家はひどい小屋だが、お願いだから一緒に来てください。食べ物はあまりないが、とにかく屋根があるから安心して眠れる。」
囘龍はこの男の親切な態度が気に入り、その謙虚な申し出を受けました。木こりは道から外れて、山の森の間の狭い道を案内しました。凸凹の危険な道で、時々断崖の端を通ったり、滑りやすい木の根だけが足場だったり、尖った大きな岩の上をうねりくねったりしました。
しかし、ようやく囘龍は山の頂上の平らな場所に到着しました。満月が頭上を照らしていました。見ると、自分の前に小さな草葺き屋根の小屋があり、中からは明るい光が漏れていました。木こりは表口から案内し、そこには近くの流れから竹で作った水路で水を引いていました。
そして二人は足を洗いました。小屋の向こうは野菜畑が広がり、その先には竹やぶと杉の森が広がっていました。そしてその森の向こうには、どこか遠くの高い場所から落ちてくる滝が微かに光り、長い白い着物のように、月光の中で動いているのが見えました。
囘龍と案内者が一緒に小屋に入ったとき、四人の男女が炉で燃やした小さな火で手を暖めているのを見ました。彼らは僧に向かって丁寧にお辞儀をし、最も敬意を表する態度で挨拶しました。囘龍は、こんな寂しい場所に住んでいる貧しい人々が、上品な挨拶の言葉を知っていることに驚きました。
「これは良い人々だ」と彼は考えました。「きっと誰か礼儀をよく知っている人から学んだに違いない」。そして、他の人々が「主人」と呼んでいるその人に向かって言いました。
「その親切な言葉や、皆さんから受けた非常に丁寧なもてなしから、私はあなたを初めから木こりだとは思いません。たぶん以前は身分のある方だったのでしょう」
木こりは微笑みながら答えました。
「はい、その通りです。ただ今はご覧の通りの生活をしていますが、昔は相当の身分でした。私の一代記は、自業自得で衰退したものの一代記です。私はある大名に仕えて、重要な役職を務めていました。しかし、酒色に耽りすぎて、心が狂い、悪い行いをしました。」
自分の我がままから家族を破滅させ、多くの命を失う原因を作りました。その罰が当たり、私は長い間、この土地で亡命者となっていました。今では、何か私の罪を償うことができ、祖先の家名を再興することができるようにと、祈っています。しかし、そういうことはできそうにありません。ただ、真剣に悔い改め、できるだけ不幸な人々を助け、私の悪行の償いをしたいと思っています。
囘龍(かいりゅう)はこの良い決意の告白を聞いて喜び、主人に言いました。
「若い時につまらないことをした人が、後になって非常に熱心に正しい行動をするようになることを、これまで私は見てきました。悪に強い人は、決心の力で、また、善にも強くなることは経典にも書かれています。あなたが善い心の持ち主であることに疑いはありません。それでどうか良い運があなたの方へ向くようにしたい。
今夜はあなたのために読経をして、これまでの悪行に打ち勝つ力を得られることを祈りましょう。」
こう言ってから囘龍は主人に「お休みなさい」と言いました。主人は小さな部屋へ案内しました。そこには寝床が敷かれていました。それから皆が眠りについたが、囘龍だけは行灯の明かりのそばで読経を始めました。遅くまで読経に励んでいました。それからこの小さな寝室の窓を開けて、床につく前に、最後に風景を眺めようとしました。
夜は美しかった。空には雲もなく、風もありませんでした。強い月光は樹木のはっきりした黒い影を投げかけ、庭の露の上に輝いていました。キリギリスや鈴虫の鳴き声は、騒がしい音楽となっていました。近所の滝の音は夜が深まるにつれて深くなりました。
囘龍は水の音を聞いていると、渇きを感じました。それで家の裏の筧を思い出し、眠っている家族を邪魔しないように、そこへ出て水を飲もうとしました。襖(ふすま)をそっと開けました。そして、行灯の明かりで、五人の横たわった体を見ましたが、それらにはどれも頭がありませんでした。
直ちに
――何か犯罪を想像しながら、――彼は驚いて立ち上がりました。しかし、次に彼はそこに血が流れていないことと、頭は斬られたようには見えないことに気がつきました。それから彼は考えました。「これは妖怪に魅せられたか、あるいは自分はろくろ首の家に引き寄せられたのだ。」
……『捜神記』に、もし首のない胴だけのろくろ首(くび)を見つけて、その胴を別の場所に移しておけば、首は決して再び元の胴へは戻らないと書いてある。
それからさらにその書物に、首が戻ってきて、胴が移されていることを察知すれば、その首はボールのように跳ね返りながら三度地を打ち、――非常に恐怖して喘ぎながら、やがて死ぬと書いてある。
ところで、もしこれがろくろ首なら、禍をなすものゆえ、――その書物の教え通りにしても差し支えないだろう」……
彼は主人の足をつかんで、窓まで引いてきて、体を押し出した。それから裏口に来てみると、戸が閉まっていた。それで彼は、首が屋根の煙突から出て行ったことを察した。静かに戸を開けて庭に出て、向うの森の方へ用心して進んだ。
森の中で話し声が聞こえたので、よい隠れ場所を見つけるまで影から影へと忍びながら、声の方向へ行った。そこで、一本の木の幹の後ろから首が、五つの首とも、飛び跳ねて、そして飛び跳ねながら談笑しているのを見た。首たちは地の上や木の間で見つけた虫類を食べていた。
やがて主人の首が食べることを止めて言った、「ああ、今夜来たあの旅の僧、全身よく肥えているじゃないか。あれを皆で食べたら、さぞ満腹することであろう。あんなことを言って、つまらないことをしたから、私の魂のために、読経をさせることになってしまった。経を読んでいる間は近づくことが難しい。称名を唱えている間は手を出すことはできない。しかしもう今は朝に近いから、たぶん眠ったろう。
誰か家へ行って、あれが何をしているか見届けてきてくれないか」
一つの首、若い女の首が直ちに浮かび上がって、蝙蝠のように軽やかに家の方へ飛んで行った。数分後、帰ってきて、大驚愕の調子で、しゃがれた声で叫んだ、「あの旅僧は家にいません、行ってしまいました。それだけではありません。
もっとひどいことには、主人の体を取って行きました。どこへ置いて行ったか分かりません」
この報告を聞いて、主人の首が恐ろしい様子になったことは月の光で明らかだった。
目は大きく開いた、髪は逆立った、歯は軋んだ。それから一つの叫びが唇から破裂した怒りの涙を流しながら叫んだ。
「体を動かされた以上、再び元通りになることはできない。
死なねばならない。皆、これがあの僧の仕業だ。死ぬ前にあの僧に飛びついてやろう、引き裂いてやろう、食い尽くしてやろう。ああ、あそこにいる、あの木の後ろ、あの木の後ろに隠れている。あれ、あの太った臆病者」
主人の首は他の四つの首を引き連れて、囘龍に飛びかかりました。しかし、強い僧は手ごろな若木を引き抜いて武器とし、それを振り回して首を打ち据え、恐ろしい力で押し返しました。四つの首は逃げ去りました。しかし、主人の首だけは、どんなに乱打されても、必死になって僧に飛びつき、最後に衣の左の袖に噛みつきました。
しかし、囘龍も素早く髪をつかんでその首を激しく打ちました。どうしても袖からは離れませんでしたが、しかし長いうめき声を上げて、それからもがくことを止めました。死んだのでした。しかし、その歯はやはり袖に噛みついていました。そして、囘龍の全力をもってしても、その顎を開けることはできませんでした。
彼はその袖に首をつけたままで、家に戻りました。そこには、傷だらけ、血だらけの頭が胴に戻って、四人のろくろ首が座っているのを見ました。裏の戸口に僧を見つけて一同は「僧が来た、僧が」と叫んで反対の戸口から森の方へ逃げ出しました。
東の方が白んできて夜は明けかけていました。回龍は化物の力も暗い時だけに限られていることを知っていました。袖についている首を見ました。顔は血と泡と泥で汚れていました。「化物の首とは、何というお土産だろう」と考えて大声で笑いました。それからわずかな所持品をまとめて、行脚を続けるために、ゆっくりと山を下りました。
直ちに旅を続けて、やがて信州諏訪に到着しました。諏訪の大通りを、肘に首をぶら下げたまま、堂々と歩いていました。女性は気絶し、子供たちは叫んで逃げ出しました。人だかりができて騒ぎになったので、捕吏が来て、僧を捕えて牢に連れて行きました。その首は殺された人の首で、殺される時、相手の袖に噛みついたものと考えられました。
回龍の方では問われた時に微笑んで何も言いませんでした。それから一晩を牢屋で過ごした後、その土地の役人の前に引き出されました。そして、どうして僧侶として袖に人の首をつけているのか、なぜ人々の前で厚顔にも自分の罪悪を見せびらかすのか、説明するように命じられました。
回龍はこの問いに対して長く大声で笑い、それから言いました、「皆様、私が袖に首をつけたのではなく、首の方から来てそこについたのです。私は非常に困惑しています。
そして、私は何の罪も犯していません。これは人間の首ではなく、化物の首です。そして、化物が死んだのは、私が自分の安全を考えて必要な警戒をしただけで、血を流して殺したわけではありません」。それから彼はさらに、全部の冒険談を語り、五つの首との戦いの話に及んだ時、また一つ大笑いをしました。
しかし、役人たちは笑いませんでした。これは剛胆で頑固な罪人で、この話は人を侮辱したものと考えました。それでそれ以上詮索しないで、一同は直ちに死刑の処分をすることに決めましたが、一人の老人だけは反対しました。この老いた役人は審問の間には何も言わなかったが、同僚の意見を聞いてから、立ち上がって言いました。
「まず首をよく調べましょう、これがまだ済んでいないようだから。もしこの僧の言うことが本当なら、首を見れば分かります。首をここへ持ってきてください」
回龍の背中から抜き取った衣に噛みついている首は、裁判官たちの前に置かれました。老人はそれを何度も観察して、注意深くそれを調べました。そして首筋にいくつかの奇妙な赤い記号らしいものを発見しました。その点を同僚に注意させました。それから首の一端がどこにも武器で斬られたような跡がないことを示しました。むしろ、葉が茎から自然に離れたように、その首の断面は滑らかでした。そこで老人は言いました、
「僧の言ったことは全く本当としか思えません。これはろくろ首です。「南方異物志」に、本当のろくろ首の首筋の上には、いつでも一種の赤い文字が見られると書いてあります。そこに文字があります。それは後で書いたものではないことが分かります。
その上、甲斐の国の山中には昔から、こんな怪物が住んでいることはよく知られています。しかし」と回龍の方へ向かって、老人は叫びました、「あなたは何と勇敢なお坊さんでしょう。確かにあなたは坊さんには珍しい勇気を示しました。あなたは坊さんよりも、武士の風がありますね。たぶんあなたの前世は武士だったのでしょう」
「確かにお察しの通り」と回龍は答えました。「剃髪する前は、長い間弓矢を扱う身分でしたが、その頃は人間も悪魔も恐れませんでした。当時は九州磯貝平太左衛門武連と名乗っていましたが、その名を覚えている方もいらっしゃるでしょう」
その名前を名乗ったとき、感嘆のささやきが、その法廷に満ちました。その名を覚えている人が多数いたからです。それからこれまでの裁判官たちは、すぐに友人となり、兄弟のような親切を示して感嘆を表しました。彼らは回龍を敬意を持って国守の屋敷まで護衛しました。そこでさまざまな歓待を受け、褒賞を授かった後、ようやく退出を許されました。回龍が諏訪を出たとき、この儚い世界でこの僧ほど幸福な僧はいないと思われました。首はやはり持って行きました。お土産にすると冗談交じりに言いました。
さて、首はその後どうなったか、その話だけが残っています。
諏訪を出て一、二日後、回龍は寂しい場所で一人の盗賊に止められ、衣服を脱ぐよう命じられました。回龍はすぐに衣服を脱ぎ、盗賊に渡しました。盗賊はそのとき、初めて袖についているものに気づきました。さすがの盗賊も驚いて、衣服を落とし、飛び退きました。それから叫びました、「やあ、これはとんでもない僧だ。俺よりもっと悪党だね。俺も実際これまで人を殺したことはあるが、しかし袖に人の首をつけて歩いたことはない。よし、お坊さん、これは俺たちが同じ商売仲間だね、どうしても俺は感心せずにはいられない。ところで、その首は俺の役に立ちそうだ。俺はそれで人を脅かすんだ。売ってくれないか。俺の着物と、この衣服と交換しよう、それから首の方は五両出す」
回龍は答えました、
「お前が絶対に欲しいと言うなら、首も衣も渡すが、実はこれは人間の首ではない。化物の首だ。だから、これを買って、そのために困っても、私が欺いたと思ってはいけない」
「面白い坊さんだね」と盗賊が叫びました。「人を殺してそれを冗談にしているから、しかし、俺は全く本気だよ。さあ、着物はここ、それからお金はここにある。そして首を下さい。何も冗談にしなくてもいいだろう」
「さあ、受け取るがいい」と回龍は答えました。「私は少しも冗談を言っていない。何かおかしいことでもあれば、それはお前が化物の首を、大金で買うのが馬鹿げているということだけだ」それから回龍は大笑いして去りました。
そんなわけで、盗賊は首と衣を手に入れてしばらく、化け物の僧となって盗賊をして歩きました。しかし諏訪の近くに来て、彼は首の本当の話を聞きました。それからろくろ首の亡霊の祟りが恐ろしくなってきました。そこで元の場所へ、その首を返して、体と一緒に葬ろうと決心しました。
彼は甲斐の山中の寂しい小屋へ行く道を見つけましたが、そこには誰もいませんでした。体も見つかりませんでした。そこで首だけを小屋の裏の森に埋めました。それからこのろくろ首の亡霊のために施餓鬼を行いました。そしてろくろ首の塚として知られている塚は今日もなお見られます。
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